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本人の書いた小説・二次創作などを置いていこうかと。 現在は川上稔氏の著書、都市シリーズの二次創作の予定
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2006/02/19
日常
 ――ずっとずっとこのままでいたいね。


記録「アパートの一室にて」

 古めかしい印象を覚えるが、ゆったりとした空間をもつアパートの一室。
 カーテン越しに差し込む陽光が、やや乱雑とした部屋の中を照らす。
 今部屋の中で音を立てているのは旧式のエアコン、新型らしき小型の加湿器、そして壁にかけられた古めかしい壁時計。
 一定のリズムで音が連なる中、窓からさす陽光で半分を照らされたベッドの上には一つの人影。
 毛布を軽くかけ、横向きに蹲るようにして眠る匪堕天の女性だ。
 匪堕天だけでなく、背に翼を持つ種族は一概にして仰向けに眠るには向いていないため、うつ伏せか横向きになって眠るしかないのだ。
 小さくうめくと寝苦しいのか、彼女は寝返りを打とうとする。
 しかし背には翼があり、無理な力がかかる結果となって、
 
 翼は鈍い音を立て、彼女は小さく悲鳴を上げた。


(1)記憶「目覚め」

 痛みを訴える翼を擦りながらベッドの上でのたうつ。
 割と最悪な目覚め方。
 朝や寝る時に限って、匪堕天であることを恨みたくなってしまう。それ以外の時では堕天の父と人間の母の運命的な出会いに感謝。周りには反対されたんだろうけど。
 息を整えていると、ドアを叩く乾いた音が響く、
「エレナ、大丈夫ですか? 何か猫が苛められた時のような悲鳴が聞こえたのですが」
 ドア越しに大丈夫ーと応えて、壁にかけられた時計に目を向けると針は10時47分を指していた。
 昨夜寝たのが遅かったのと、心地よい夢のせいで寝過ごしてしまったようだ。市役所の皆はもう出勤してしまっているだろう。
 ようやく痛みがやわらぎ、起き上がって体を伸ばしているとジュリアが部屋に入ってくる。彼女は私が脱ぎ散らかした衣服などが転がる部屋を見て苦笑、散らかっているものを踏まぬようにしながら部屋を縦断するとカーテンを開く。
 カーテン越しにぼんやりと差し込んでいた陽光が輪郭をはっきりさせる。ちょいと眩しい。
「さっ、エレナ。起きたのでしたら、着替えて顔を洗ってくださいね? 今すぐ朝ご飯の準備をしますから」
 ジュリアは微笑み、床に落ちてる服を軽く片しながら部屋から出て行く。その後姿を見送りながら私は既視感を覚える。というよりここ最近毎日のように見ている気がするぞ。
 これ以上だらしないところを見せてたら見限られかねないので、言われたとおりに寝巻きを着替え、顔を洗って食堂に行くとしよう。まだ翼には鈍い痛みが残っている、軽い捻挫にでもなっているのかもしれない。

 
(2)記憶「朝食」

 目の前に並べられた朝食を片付けていく。良く考えたら昨日の夜から何も食べていなかったので空腹だ。こんな生活を続けていたら太りかねない、自重せねば。
 隣を見るとジュリアが自分の分の珈琲に、ポットに入ったホットミルクを大量に注いでいる。彼女は既に朝食を済ませているはずだが、遅く起きた私に付き合ってくれている。
 ジャムを塗ったハードロールを珈琲で流し込み、一服、
「そうそう、さっきね? 夢を見たよー、三ヶ月ぐらい前の記憶。私が戻ってきた日の」
「ああ、あの日のことですか。私のことを過去と見間違えた」
 あれはショックでした、と言いながらカップの珈琲を混ぜる彼女の顔には微笑。
「そりゃね、15年ぶりの再会なのに何一つ変わってなかったら変だと思うでしょ?」
「そうですね。可愛らしかった8歳の少女が、可愛らしい23歳の女性になって戻ってきたのは驚きましたし、普通はそれぐらい変化をしているものでしょう。――人としての進化は多少進みましたが、老いは得られていないのが残念です」
 自動人形は機械から人へと進化する。ジュリアが自動人形であったと知ったのは15年ぶりの再会を果たした後だった。ジュリアが人としての進化が大分進んでいて、見た目ではわからないのもあるが、先に教えてもらっていれば戸惑わずに済んだのだけれども。
「しかし自動人形の身であるからこそ、時の流れに囚われず、色んな方の御世話をさせて頂けるわけですが」
 呟く彼女は微笑が絶えない。純粋な人ではない故の弊害も多々あるのだろうが、彼女にとって今の生活が幸せなのだろう。色んな人を迎え、見送っていくことが。引っ越すぐらいで泣き喚いていた私とは大違い。
「……やっぱり、ジュリアは私にとっていつまでも御姉さんね……適う気がしない」
「私にとって、エレナはいつまでもエリィちゃんですよ?」
「いや、さすがにこの年になってエリィちゃんはちょっと恥ずかしいかなー」
「それは私もです。もう稼動開始から61年を経過していますので、御姉さんと呼ばれるのは――」
 と、そこまでジュリアが言うと二人して笑う。
「あの日とまったく同じ事言ってるわね、私達」
「エレナが懐かしいことを言うからですよ? エレナと再開できたあの日は私の記憶領域に厳重に保護をかけて保存してありますから、会話の一語一句に至るまで再現可能です」
 覚えてる限り情けない記憶しかないからあまり厳重に保存して欲しくないのだが。帰ってきた実感が沸いた時、感動の余りちょっとだけ泣いてしまったりしたし。
「昨晩は遅かったですが、また過去を追って?」
「ああ……うん、気がついたらサン・ピエトロ島のほうまで行っちゃって」
 私達記憶師は現実を記録する。威尼斯の過去を再現する機能を惜しんだ各国が、過去の情景などを記憶師達に記録するよう要請してきた訳だけど、私としては威尼斯に帰る為の口実となったし、大好きなこの都市を気ままにほっつき歩いて、心動かされた情景を符に封じているだけでお金がもらえるという最高の職環境。
 威尼斯の再現する記憶はその日限りのもの。全てが朝から始まる訳ではないが、全ては夜12時になると消えてしまう。まるで御伽噺の魔法のよう。だから気になる過去の記憶を追ってねばっていると簡単に夜12時を廻ってしまい、そこから帰って寝るとなると必然的に寝坊する訳で。
「お仕事ですし、無理は為さらないで下さいとしか言えませんが。後、テオドゥーロ様が悲しんでいらっしゃいましたよ? 『エレナがいつもおらん。何が悲しくてこんなむさくるしい奴らと席を並べて朝飯なんぞお!』と市役所の方々を詰りながら」
 ジュリアが声色まで真似て喋ってくれたので、その光景が目に浮ぶ。テオ爺は子供っぽいところあるからなー。
 15年経ってみるとアパートは住む人がほとんど居なくなってしまい、持ち主であり、市役所実働部の長でもあるテオドゥーロ=エミリことテオ爺の意見の元に市役所の独身寮として再編されていた。その事を私は知らなかったわけだが、昔のよしみということで住まわせてもらっている。ジュリアはテオ爺にアパートの管理を一任されているわけだけど、アパートから独身寮へと移行した背景には、住人が年々減っていき悲しむジュリアをテオ爺が見たくなかったからというものがあるとか無いとか。あの御爺さんは口は悪いけど、根は良い人なのよね。市役所の男の人たちにも悪態はついてるけど面倒見がいいし、うん、そうだと思いたい。
「あー……確かに、テオ爺とはここでは余り顔合わさないわね。一応外ではちょくちょく……ていうか、貴方市役所で仕事中じゃないの、ていうぐらい会うんだけど」
「道端でお会いするのと、一緒にお食事するのは別次元ですよ? それにテオドゥーロ様は市役所の実働部隊。この都市を守護されている方です。恐らく警邏の最中なのでしょう」
 ジュリアはテオ爺のことになると全面肯定。詳しいことは教えてくれないが、ジュリアはテオ爺に対して恩義を感じているらしく、神聖化しているように思える。確かに良い人だと思うし、警邏もかねているのかもしれないけど、街をぶらついてるのはほとんどサボりだ。
 テオ爺が街中で何かと絡んでくれるから、3ヶ月という短い期間で威尼斯に溶け込めてるというのもあるけど。
「うん……そういうことにしておく。さってっとっ、そろそろ私も……」
 時計を見ると11時32分を指している。さすがに今の朝食を昼食代わりにするとお腹が空いてしまいそうだ。
 とか考えていると目の前に小さな紙包みが差し出された。
「今からお出になるのなら夕食前に小腹が空いてしまうかと思ったので、歩きながらでも軽く摘めるようにしておきました。ご入用でしたら持っていってください」
 ジュリア依存症が高まっていく気がする。本当に敵う気がしない、どうしたものだろうか。


(3)記憶「街中」

 ジュリアに用意してもらった弁当をポシェットに詰めて小道(カッレ)を行く。威尼斯の道は入り組んでいて、まるで迷宮のようだ。全体で道の数は3000余り、その全てに名前がついているというから驚きだ。住んでた頃は当たり前だと思ってたが、外に出て、他の都市での暮らしを体験すると威尼斯の特殊性が実感できる。
 観光客が地図を持ってるからと安心して一人で散歩して、地図上の現在位置を見失ってしまい迷子になることも多々あるらしい。確かに道の名前などは少し分岐するだけで変わってしまう。道に迷わないために基点にすべきなのは小道の途中にある広場(カンポ)だ。そこで自分の行きたい方角を確認して進めば良いし、大体はベンチが置かれているから疲れているのなら一休みすれば良い。
 ふと視線を向けると広場では子供達が遊び、大人達がベンチに座り談笑を賑わせている。混ざりたい気持ちもあったが、ポシェットを肩にかけなおして我慢。こんな重役出勤しておいて、何もせず休憩モードに入るのは間違っている気がする。色々と、人として。
 今日はどこを廻ろうか、と考えていると曲がり角の向こうからやたら野太い歓声。一度でなく、数度。
 何事だ? と駆け足になって曲がり角まで行くくと目に入ったのは人だかり。観光客か? と思ったが、皆よそ行きの服というよりも作業服を纏った人のほうが多いし、何より記憶の限りではこの通りは観光客で賑わうようなスポットは無かったはずだ。
「ていうかここって職人通りだもんね……」
 何なのだろう、と首をかしげていると後ろから肩を叩かれる。
 振り返ってみると、そこのはアンバランスな二人組み。片や小柄な老人、片や大柄な青年、両者の共通点は市役所の制服を着ていることだろうか。老人が片手をあげて「よっ」と気さくな挨拶をしてきたので、取りあえず私も片手をあげて挨拶を返す。青年がぎこちなく片手をあげるのを見て微笑ましく思う。
「テオ爺にカルロさんじゃない。……って、まだ御仕事中だよね? 何でこんな所に……またサボりですか、貴方達は」
 溜息をついてやれやれ、と言ってみるとテオ爺が慌ててたように手を顔の前で振り、
「サボりじゃねえてよ、威尼斯の野郎が市役所の奴らを再現しちまってな? 俺達の座る席がねーんだわ、これが」
 こりゃこまった、と頭を叩きながら笑う彼を見て、ここの市役所は本当に大丈夫なのだろうか不安になる。子供の頃は気さくな御爺さんでよかったのだが、成長してテオ爺の肩書きを理解してから見ていると、この人に都市の治安を任せて大丈夫なのかと思ってしまう。
「まっ、それでよ? 連絡があったから警邏がてらエレナの後ろの人だかりを監督に来たわけよ」
「へぇ。で……結局あの人だかりはなんなの?」
 振り向いて確認しながら問うと、また歓声が上がっている。確かに祭り時でもないのにあんな歓声上げられては近隣の方々は不安になっても当然だ。
「あー、なんでも何代か前の親方が再現されたらしくてよ? ほれ、威尼斯硝子の工房がそこら辺にあったろ。それで各国に散らばってってた職人達がこぞって見学に来たらしくてよー。普通だったらこんな囲まれてちゃ、集中できねんだろが、過去の再現なら気にしねーから格好の見学対象だわな」
 成る程、通りでやたらと野太い歓声なわけだ。威尼斯の記憶再現機構は失われた技術の再現などにも役立つため、どんな過去が再現されているかは市役所や記憶師によって記録される。そして有益な記憶の再現は各国に知らせて、技術の普及に努める。
「エレナさん、せっかくですし貴方――」
 後ろから聞こえたカルロさんの声が鈍い音で遮られる。
「おめえ、誰に断ってエレナに口聞こうとしてるんだ? 保護者代わりの俺を通してからにしろって。
  ――許さねえけどな」
「テ……テオ爺!! 蹴ることは無いでしょう!? それに貴方に許しをもらう必要なんてないはずだっ」
「おお? なんだ、なんだ、やるか、やるか?」
 拳が風を切る音が聞こえ、それに応えるように地面を蹴る音が聞こえたかと思うと、肉を殴打するくぐもった音が聞こえてくる。あの二人が一緒だといつも喧嘩している気がする。喧嘩するほど仲が良いということだろうか。止めても無駄だと経験上わかっているのであえて無視。記憶師としての仕事を優先する。
「でも……これじゃ、件の親方が見えないわね……」
 人だかりを作っているのは屈強な職人達、背伸びをしても見えるのは前の人の頭ぐらいだ。
 また、歓声が上がる。
 しかたないので飛ぶ事にする。飛びながらだと焦点がぶれるからあんまり好きではないのだが、そうも言ってられない。ポシェットから符を取り出して深呼吸。背に力を込め、黒い翼を広げる。朝の捻挫のせいで軽く痛みが走ったが、無視できる範囲だったので無視して、軽く風の遺伝詞を読み、タイミングをつかんで羽ばたく。
 飛翔した。
 一気に高くなった視点から先ほどの集団を見下ろす。人だかりの中央、周りの職人達と比べてやや小柄な初老の男性がいる。頑固そうな、昔気質なイメージの御爺さんだ。テオ爺とは大違い。
 彼は今、出来立ての硝子細工を太陽に翳し、出来具合を見ている。
「綺麗……」
 その光景を、私の感想を付けて符に封じる。手にした符に描かれた紋章が白から黒へと塗り換わっていく。全てが黒字になったら封印完了。これでいつでも封印をとけば、この光景が私の脳裏に浮ぶことになる、私の感想付きで。
 陽光を浴びてキラキラと輝くそれを眺めていると、感動で胸が一杯になる。何年前かはわからないが、過去の作品の生誕の現場に居合わせているわけなのだ。見ると、周りを囲む職人達の中には涙を流している人までいる。よほど感動しているのだろう。
「……?」
 気がつくと、職人達の一部が中央にいる過去の親方を見ていない。彼らの向く先は私の背後。
 釣られて振り向くと、そこにはボロ雑巾のようになって地面に伏すカルロさんとその背に片足を乗せて勝ち誇るテオ爺の姿。彼は多少息を切らしているものの怪我は見受けられない。私が振り向いたのに気づくと両手を掲げてガッツポーズ。
 
 それを見て溜息を一つ。威尼斯はいつも通りみたい。



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 エレナが威尼斯に帰ってきた過去がプロローグ、エレナが威尼斯で生きる今(現実)がこの第1話です。
 まだまだ試行錯誤の連続です。
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