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本人の書いた小説・二次創作などを置いていこうかと。 現在は川上稔氏の著書、都市シリーズの二次創作の予定
2006年03月分
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2006/03/05
決意
――不安ならばどうすればいいのか。


記録「サンマルコ広場にて」

 透き通るような青空が広がっていた。
 サンマルコ広場の至る所に並ぶ白いテーブルと椅子の列。
 同じく至る所に店を構えるカフェの屋外席だ。
 普段は人でひしめくその列は、今日は数えるほどしか埋まっていない。
 それも市役所の制服を纏った青年達や、住民の老人達ばかりだ。
 いつもはサンマルコ広場を埋め尽くす、観光客や過去の記憶たちは見受けられない。

 静かだ。

 しかし、これが本来の威尼斯の姿なのだろう。


記憶「閑散」

 第1警報が鳴らされて一日経ったが、威尼斯の街並みからは急に人気が失せてしまった。
 確かにアックア・アルタが起きると知らされると、観光客は伊太利亜本土の方へ避難していくのが常だが、都市が海で満たされる様を一目見ようと残る野次馬根性が逞しい人も少なくは無い。
 しかし、今回のアックア・アルタは大規模なものが予想されているらしく、そのような敢えて残ろうとする人達も強制的に避難させられているんだそうな。市役所の方には抗議の電話が殺到しているらしい、観光客と店を構える人達から。
 そして彼らがいなくなったことで、過去の記憶達もなりを潜めてしまっている。人が少ないと再現される記憶も少なくなってしまうのだろう。
 その所為で今日の威尼斯はとても静かだ。住民の方々もアックア・アルタに備えて食料品等の買い溜めをしに行ってるのだろう。いつもなら談笑で賑わう広場(カンポ)にも誰もいない。
「寂しいものねー……歩いてて誰にも会わないっていうのは」
 街並みが古めかしいのもあって、まるで廃墟に迷い込んでしまった錯覚を覚える。
 ふと広場を見ると先ほどまではいなかった人影、ベンチに座る老人だ。彼は寂しそうに空を見ながら一人佇んでいる。再現された記憶だろうか。私が寂しいと思ったから、寂しさの記憶を。どうせなら寂しさを紛らわしてくれる記憶を再現してくれれば良いのに。
「まあ、そんな都合よくいくわけない……っか」
 気を取り直して歩き出す。市場の方に行ってみるとしよう、向こうなら誰かしらいるだろうし。


記憶「回顧」
 
 市場の方は幾分か賑わいを見せていた。
 アックア・アルタが来てしまうと買出しに行くことが出来ないから当然と言えば当然。
 その賑わいを見て少し安心する。
 手提げ袋に買った物を詰めて歩く人々はどことなく楽しそうに見える。慣れた人にとってはアックア・アルタの前のこの慌しさが楽しいのかもしれない。
 周りに反し身軽な格好で歩いていると、買い物に勤しむ人達の他に妙な一団が目に入る。
 市役所の職員達だ。
 彼等はやけに寄り添いあいながらじりじりと歩いている。何かを見ながら、その後をついていっているようだ。
 市役所の人達はいつも不自然だが、あんなに集まって不自然だと何事かと思ってしまう。
 好奇心に釣られ足を一団の方に向けていく。
周囲の人達も、この妖しげな集団が気になるのか視線を向けている。確かに彼等が連れ立ってこそこそと歩いていれば不審に思えるだろう。しかも近づいてみて気付いたが、押し殺した歓声などを上げている。妖しいことこの上ない。
 彼等の進みが遅いおかげで簡単に最後尾に追いついたが、彼等が何を見ているかはわからない。そこで一番後ろにいる人の肩を叩き、
「おーい、何見てるんですか?」
 問いかけに対し帰ってきたのは突き出された掌と、
「あ、いまちょっと忙しいから、後にして」
 そっけない言葉。
普段は必要以上におせっかいを焼いてくる印象からすると拍子抜けな対応。そんなにこの集団が追っているものが魅力的なものなのかと思うと、好奇心が湧いてくる。
 なので、これ以上問う事はせずに集団を迂回して前へ。
 私が横を通ると、小さく声を上げる人もいるが、止めては来ないので今は無視して先頭に並ぶ。
 先頭を見ると、そこにいたのはいつも通り笑みと共に手を挙げたテオ爺とこちらを見てぎょっとした顔のカルロさん。この二人は喧嘩ばっかりしているのに、こういう時は揃って一番前にいる。喧嘩しているのは同族嫌悪と言うやつだろうか。
「テオ爺……また御仕事サボって遊んでますか」
「違うて違うてよ、後ろの奴らは知らねえが俺は重大な職務遂行中だて」
 テオ爺の言葉に後ろの集団を見ると各々弁明の声を上げている。皆遊んでいると断定。
「重大な……て、アックア・アルタが近くて御仕事一杯あるはずでしょ? それをこんなところで何をほっつき歩いてのよ」
 溜息交じりに前を向くと、そこには俯き加減に歩く少女の姿。歳は7~8歳程だろうか、匪堕天であることを示す黒い翼を背に持ち、栗色の髪を背に垂らした――
「って……あれ私じゃないのっ!?」
「おう、そうだなあ。あれはまだエレナが子供の頃の――」
 テオ爺の言葉を遮るように肩を掴んで揺らし、
「なーにーをー人の子供の頃の記憶をつけまわしているのよ! しかもこんな集団で! これは……えーっとっストーカー? 犯罪じゃないの!」」
 捲くし立てながら集団の方を向くと、ほとんどが首を横に振り抗議の声を上げ、何人かが逃げ出している。すぐ隣にいるカルロさんは私を落ち着かすような素振りをしていて、
「まぁまぁ落ち着いてエレナさん。えっと……昔は可愛かったんですね」
「ほう……今は可愛くないと、だから可愛かった頃の記憶を皆でつけまわしていたって言いたいんですね、貴方達は」
 慌てて手を振るカルロさんを無視し、テオ爺から手を離すと皆の視線を遮るように過去の私との間に立つ。子供のような不平の訴え方をする幾人かを睨みつけて静かにさせ、
「ほらっ、散った散った! 貴方達は忙しいはずでしょ? こんな真昼間からサボってないのっ」
 名残惜しそうに去っていく市役所の職員達を見て嘆息、こんな人達が威尼斯の守ってると思うと頭が痛くなってしまう。
 顔を上げると、カルロさんが一人残っていた。彼は真面目な面持ちで、
「い……今も可愛いと思う」
「……そんなことは聞いてないから早く仕事に戻りなさーいっ」
 彼の背中を押して追い払い、誰もいなくなると笑い声に気付く。周りを見ると市場の人が笑っていた。地元の人に見られていたのは痛い、語り草にされてしまうのだろうかと思いながら頭を掻くと、短く切りそろえた髪に手が触れ、
「……昔は伸ばしてたのよね、私」
 過去の私の後姿を見て呟く。


記憶「民」

 過去の私と手を繋いで威尼斯を歩く。
 テオ爺達を追い払った後、ついて歩いていたら不自然に肘から先を挙げたのでそこに手を合わせてみたら握り返してきたからだ。誰かと手を繋いで歩いた時の記憶なのだろう。
 自分と手を繋いで歩くというのは新鮮な体験、というか普通は体験し得ないものではなかろうか。
 親子と見られていないかが少し心配、この若さでこの年齢の子供を持っていると思われるのは少し悲しい。
 過去の私は瞼を腫らしていた。表情も心なしか不機嫌そうで、顔は俯いている。
「当時の私はこんなに不貞腐れた子供だったのね……なんだかショック」
 軽く頭痛のする頭を抑えながら、彼女に手を引かれるままについて行く。
 彼女が歩く道はアパートへと向かう道だ。泣きながら市場の方まで飛び出て、迎えに来てくれた誰かと手を繋ぎながら帰宅という流れだろうか。そう考えていると、該当する記憶がいくつか浮んでくる。
「片付けの手伝いをしようとしてお皿割った時とか、アパートの壁紙に落書きして見つかった時とか――」
 叱られて泣いた記憶が次々と浮んでいくので、指を折って数えていく。 
 数えた記憶が10を過ぎた時、アパートへの道を少しそれた所にある広場に辿り着く。
 その中央にベンチが置かれただけの寂しい広場を見て、また指を折って、
「……仕事の関係で威尼斯から引っ越す……って御父さんに言われた時……か」
 きっかけを得て、当時の記憶が鮮明に呼び起こされる。
「確かにあの時は大げさに泣いたもんね……」
 気付くと立ち止まっていて、過去の私が急かすように引っ張ってきていた。言葉が通じるわけではないが、軽くごめん、と謝ると、また歩き出す。広場の中央、古ぼけたベンチへ。
 あまり使われていないのか、少し汚れているベンチを今と過去の手が軽く払う。二人分のスペースを綺麗にすれば後は座るだけ。匪堕天は背の翼の関係でもたれかかることは出来ないので浅く腰掛ける。
 腰掛けた私に対し、過去の私は立ったまま何かを呟く。もちろん過去の声は聞こえないのだが、私があの日言った詞なのだから大体見当はつく。軽く膝を叩いてみると、彼女は沈んでいた顔を少し明るくし、私の膝を枕にベンチに横になった。
 微かな重みが心地良い、する側というのも新鮮でいいかもしれない。長時間やっていては足が痺れそうだけど。
 過去の私の頭を撫でてやりながら、過去を思い出す。
 あの日、こうしてくれたのは当時からアパートの管理人だったジュリアだ。彼女に宥められ、私は泣きやみ、心配顔で迎えてくれた御父さんに謝った。
 彼女との会話は、細部まではもう覚えていないが、子供ながらとても印象深かったのは覚えている。
「威尼斯は貴方を忘れない……か、確かにこうやって実際に覚えているところを見せ付けられると説得力あるわね」
 過去の私は膝を枕にしながら私を見上げている。私の詞を聞いているようにも見えなくもない。
 だから聞かせるように呟く。
「安心しなさい……私は戻ってこれたんだから、この威尼斯に」
 長かった髪を梳いてあげると、過去の私はくすぐったそうに翼を震わせる。
 その様子がおかしくて少し笑ってしまう。
 間を置いて顔を上げると広場の入り口に立つ人影、会釈して近づいてくるのはジュリアだ。
 彼女は食料品を詰めた手提げ袋を抱えながら私の前に立つと、少し残念そうに眉をひそめて、
「あらあら、今年の御姉さん役はエレナにとられてしまいましたね」
「今年の……って、え? もしかして何度かこれって繰り返されてるの?」
「はい、毎年この時期の大規模なアックア・アルタが予報されて観光客の方々が本土に避難された日の夕方に。恐らく、いなくなってしまう寂しさを思い出しているのでしょう」
「それで……毎年ジュリアが過去の私をこうしてくれてるの?」
 膝枕している自分を指差すと、ジュリアは小さく頷き、
「はい、そうです。毎年このようにして、別れる直前のエレナの姿を見ていましたので、エレナと再開したときは本当に驚きでしたよ? こんな小さな女の子がこんなに立派に成長していて。ふふ、二人一緒に膝枕して差し上げましょうか?」
 今の私が膝枕をしてもらう状況を想像してみて、在りえなさ過ぎて頭を抱える。今では私の方がジュリアよりも背が高いわけだし。
 頭を抱える私の様子がおかしいのか、ジュリアが小さく声を立てて笑い、
「――どうなさいますか?」
「どうなさいますか……って、えと、いや、さすがに膝枕はちょっと」
 ジュリアは苦笑して首を横に振り、
「いえ、アックア・アルタのことです。判っていらっしゃいますね? アックア・アルタが引き起こす二次災害を」
 真面目な話みたいなので、背を伸ばすと思い返す、威尼斯が抱えている問題を。
「……ええ、都市に満ちた不安と、海に侵される威尼斯の不安に呼応して、過去の破壊が再現される……だったわよね。一応帰ってきてから二度経験してるし……確かこの間のは――」
「23年前に起きた連続婦女暴行事件の再来、捕らえたのは更生して市役所の実働部隊に入った本人だったそうで」
「過去の汚点を殴るのは気持ちいいものだっ! て新聞を飾っていたわね……」
 話を区切るように小さく咳払いが聞こえ、
「通常ならばその程度です、が。この度のアックア・アルタは大規模なものが予想されています。世界各国が不安に思うほどに。それはお分かりですね?」
 世界各国が不安に思っているかは知らないが、大規模であることは知っているので頷き、
「不安は募り、ここ威尼斯に集まりつつあります。大規模なアックア・アルタは大規模な過去の破壊を呼び、今の威尼斯を滅ぼそうとするのです。ですので、テオドゥーロ様はエレナに安全な場所にいて欲しいと思っていらっしゃいます」
 一呼吸置き、
「――どうなさいますか?」
 ジュリアは問う、私にどうするかを。
 危険な威尼斯に残るか、それとも観光客のように、
「つまり……私に避難しろ、っていうこと?」
「いえ、テオドゥーロ様はエレナの意思を尊重したいと仰っていましたし、私もそうであると思っています。避難するのも一つの選択肢です。ただ、アックア・アルタまでもうあまり日がありません。ですので、私達がエレナに求めているのは選択です」
 ジュリアはそこで口を閉ざす。私の答えを待つように。
「……テオ爺やジュリアはどうするの?」
「テオドゥーロ様はこの都市を護るお方、そして私はアパートの管理を任されています。離れる理由は皆無です」
 潮の匂いを纏った風が吹く。威尼斯に海を運んでくる風だ。
 望まなくてもアックア・アルタはやってくる。覚悟を決めるなら今だ、というわけだ。
「……私は残るわ」
「それは、何故でしょうか?」
「逃げ出す理由が見つからないもの。威尼斯は過去に大規模な破壊を受けたかもしれない。でも威尼斯は今、ここに生きているわ。過去の人々はその破滅の運命を退けているの。過去を受け継ぎ今を生きる私達が、過去の不安すら退けられないのでは、未来の不安に対抗できないわ。私の力は微々たるものだけど……でも私は逃げたくないの、不安から」
「――それでこそ不安に抗い続ける威尼斯の民です」
 ジュリアが私の詞に満足そうに微笑む。避難すると言っていたらどうなっていたんだろう。
「それに、テオドゥーロ様が護られている威尼斯が安全でないわけがありませんから」
 つい先程のテオ爺の姿を思い出すと、とてもじゃないが頼りないようにしか思えないのだが。
 彼が護る威尼斯がいかに安全であるか語るジュリアに苦笑しながら、私は過去の私の頭を撫でる。


――心なしか、過去の私は満足そうに微笑んでるように見えた。



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