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本人の書いた小説・二次創作などを置いていこうかと。 現在は川上稔氏の著書、都市シリーズの二次創作の予定
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2008/06/16
「目次」
E.lutrisの創作・二次創作発表用のBlogです。
現在は川上稔氏の著書、都市シリーズの二次創作の予定。

現在ある作品はこちら



「追憶都市 威尼斯」(since2006/2/9)

 ①資料(設定)
  (1)序説
  (2)威尼斯の抱える問題
  (3)諸注意
 ②本編
  (1)再(開/会)
  (2)日常
  (3)不-変-動
  (4)決意
  (5)
 ③後書き





短編集
 いつも通りの特別な日
 (ARIAのSSです)

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2006/09/03
いつも通りの特別な日
 爛々と輝く太陽の下、造られた暑さにつつまれる島々がある。
 人類が第二の故郷に選んだ水の惑星アクア。
 その豊かな海に浮かぶ島のひとつ、水の都ネオヴェネツィア。
 街の各所を舟乗り達が行きかう都市の一角。
 黒のゴンドラを駆り、練習に励む水先案内人の少女達がいる――

*

「…………?」
 手袋に包まれた両手でオールでゴンドラを漕ぐ少女は怪訝そうに後ろを振り返る。
 彼女の視線の先には彼女と同じくゴンドラに乗る二人の少女。彼女と異なる点を上げるとすれば、少女らの手は片方しか手袋に包まれていない。
 二人の少女達は少女が振り返るとあわてて取り繕ったような笑みを浮かべる。その不自然な笑みにさらに少女は怪訝そうに眉を顰めるが、追求しても仕方ないと結論付けたのか溜息をついてから前を向きなおした。
 彼女らはネオヴェネツィアの顔とも言える水先案内人――の見習い。
 手にした手袋と、彼女らの乗る黒いゴンドラが見習いの証。
 両手袋「ペア」が見習い、そして半人前と認められると片手袋「シングル」、晴れて一人前となれば手袋なし「プリマ」という階級付けである。
 両手袋の少女は前を見据えるとオールを持つ手に力を込めようとし、
「ね、ねぇ~アリスちゃーんっ」
 後ろから響く間延びした声に阻まれた。
 アリスと呼ばれた少女はオールに添えていた手を眉間に当て、嘆息しながら再度振り返る。
「……なんですか灯里先輩?」
 振り返った視界に映るのは先ほどよりは幾分自然な笑みを浮かべた片手袋の少女。
 灯里はアリスの不機嫌そうな声を聞いて、逡巡するかのようにたじろいだがすぐに笑みを戻し、
「あのね、あのね? 今日は暑いしそろそろ休憩とかどーかなーと」
「あのですね、灯里先輩……休憩も何もぜんっぜんっ練習に身が入ってなかったじゃないですか。藍華先輩も」
 はわわ、とたじろぐ灯里の隣、何か言いたそうにしている片手袋の少女にもアリスは目線を向ける。
 藍華と呼ばれた少女は急に話が振られると困ったように頬を掻くが、すぐにわざとらしい笑みを浮かべ、
「もぉー灯里が練習に身が入ってないのはいつものことでしょ? 気にしない気にしない~」
「いつものことながらでっかいありえないです。といいますか、今日は藍華先輩もですよ?」
「あっはっははー……まっ、そういうわけで向こうの桟橋で休憩、競争よ~」
「あっあっ、待ってよ藍華ちゃん~~~っ」
 先ほどまでの様子とは打って変わって片手袋の少女達は初速から勢いを持ってアリスの脇を抜けていく。急な出来事に対応できなかったアリスが前を向きなおした時には少女達はすでに遥か前方。藍華が指差した桟橋の当たりまで進んでいた。
 少女達の変わり身の早さに呆れたのかアリスは一度唸り、しかし顔を上げると少女達を追うべくオールで水を掻いた。

*

 アリスが桟橋までたどり着きパリーナにゴンドラを固定し終えた頃には片手袋の少女達は桟橋に上がり、こちらに尻を向けて何やら作業を行っている様子だった。
 その様子を不審そうに見ると、アリスは風にはためく髪を抑えながら桟橋に上がった。
 桟橋に上がったアリスを出迎えたのは――

  ――乾いた破裂音と火薬の匂い。

「えっ……えっ?」
 急に響いた音にあっけにとられて対応できないアリスの眼前には満面の笑みを浮かべる二人の少女と紙ふぶき、そして彼女達の手にはクラッカーが握られていた。
「HappyBirthday♪ だよ~アリスちゃん~っ」
 幸せそうに笑う灯里がアリスの手を自分の両手で握るが、
「はわわ、あちちっ……!」
 破裂したてでクラッカーが熱を持っていたのか握ろうとした手はすぐ離される。
「あぁーもう、何やってんのよ灯里~……。いいから手伝いなさいって」
 派手に痛がり、手に息を吹きかける灯里の向こうでは藍華が海から何かを引き揚げているところだった。
 きょとんとした表情のままアリスが二人の様子を見ていると彼女らが口を紐で結わえたビニール袋を引き揚げ、袋をあけると、
「西瓜……ですか?」
「そっ、西瓜とお茶を入れた瓶をビニールに入れてあらかじめここで冷やしておいたのよ」
「本当はケーキにしようと思ったんだけど、この暑さだとちょっと痛んじゃいそうだったから急遽変更して西瓜にしたんだよー。暑いときに冷えた西瓜食べると美味しいもんね~……あぁ~……」
「えっと……何故今日に限って……?」
 アリスの言葉に涎を垂らしていた灯里とそれを止めようとしていた藍華の二人が沈黙する。二人は一度顔をあわせて二言三言相談した後、抱えていた西瓜を下ろしアリスに詰め寄り同時にまくし立てる。
「ちょっとちょっと後輩ちゃん……大丈夫? やっぱりこの暑さに頭やられちゃってる? 勘弁してよね、ボケキャラは灯里だけで間に合ってるから」
「ほら、さっき言ったでしょ? HappyBirthday♪って。今日は9月1日、アリスちゃんの誕生日……ってひどいよ藍華ちゃん~っ」
「あ……」
 言われてようやくアリスは気付く。二人が何故今日いつもと違ったのか、そして自分が自分の誕生日を何故気付けなかったのかを。
「えっと……まずお二人ともお祝いしてくれてありがとうございます。あと藍華先輩、暑さにやられたわけじゃないのでご心配なく……ただ……」
「「ただ?」」
 二種の声がステレオで響く、アリスは小さく喉を鳴らして、
「ただ……先輩達と練習するのが習慣づいていて一緒にいるのが当たり前で、いつも通りの当たり前の日々を過ごしてると思ってたから……今日が特別な日だと思い出せませんでした」
 自分の言葉に自分で恥ずかしさを感じながら、アリスは搾り出すように言葉を続けた。それを聞いた二人は一度顔を見合わせた後、小さく声を立てて笑いだす。その笑い声に恥ずかしさを煽られたが、その中で一人灯里が笑いを止めて両手を広げると、
「違うよアリスちゃんっ。いつも通りの当たり前の日々を過ごしてると思ったから特別な日を忘れてたんじゃなくて、いつもがいつも特別な日だから幸せすぎて気づけなかったんだよ!」
 一層恥ずかしくなるような言葉を吐いた。
 三人は一斉に沈黙、灯里だけが笑顔の中他の二人はうっすらと頬を赤らめながら互いを見て、
「こぉーら灯里ー恥ずかしい台詞禁止ー」
「ええぇぇーっ!?」
 いつも通りの掛け合いをする二人を見てアリスは苦笑、そして吹っ切れたような表情で口を開き、
「でも……確かに偶然知り合えた先輩達とこうして誕生日を一緒にできるなんて……でっかい幸せ、ですよね」
 掛け合いと止めた二人は片や輝くような笑みを、片や裏切りものを見るようなやるせない表情を浮かべていた。そのやるせない表情を浮かべた藍華は眉間に手を当てて一度嘆息した後、
「後輩ちゃんも恥ずかしい台詞禁止ーっ! ほらほら、早く西瓜切り分けるわよーせっかく冷やしておいたのに、こんな放置してたら茹でスイカになっちゃうわ」
「ええっそれはやだよ、早く切ろう藍華ちゃんっ」
「……そうですね、私もそれは絶対に嫌です」

 太陽に照らし出され、残暑厳しいネオヴェネツィアに潮騒の音と少女達の笑い声が響いていた。
2006/06/22
――過去は遠のき、現実は流れ、未来は迫り来る。私は何が出来る。

記録「サンマルコ広場にて」

 
 星の海が頭上にある。
 その中心に位置する月が、威尼斯の町並みを蒼く照らし出す。
 12時を回り、深夜の域に入った町並みは酷く静かだ。
 人の気配はなく、ただ潮騒が遠く響く。
 広場からは屋台などが撤去されて代わりに資材などが積まれている。
 ふと、閑散とした広場の中央に光が生まれた。
 石畳の上に生まれた光は軌跡を残しながら、直径10ヤードほどの円陣を描くために走り出す。
 始点と終点が重なり円陣が完成すると、光の軌跡はその輝きを増した。
 輝きに照らされながら、浮かび上がるのは小さな丘のような影。
 徐々に光が収まっていくとそれが何なのかがはっきりと見えてくる。
 それは白と黒からなる鉄の塊だ。
 石畳に膝を着くようにして佇む巨大な人を模した鉄の塊、重騎(グランデ・オプリータ)。
 それは所々が抉れ、折れ、そして胸から背にかけて大きな風穴が開いている。
 それは破壊の爪痕を纏っていた。
 光が止み、静まり返った広場に大破し朽ち果てた重騎が広場の中央で佇んでいる。


(1)記憶「五行師(バスター)」
 ざわめきに囲まれながら顔を上げる。
 眼前にあるのは朽ち果てた雌型重騎。その再現された記憶。
 重騎とは背にある棺桶型の部屋、書斎から重騎師(グランデ・カヴァリエーレ)が記乗することで動く機械。空を駆け、炎を断ち割る、軍隊のシンボル的存在。
 それが今朽ち果てた姿を晒している。私はあまり重騎については詳しくはないけれど、重騎が強い存在だということは知っているし、それがこんな壊され方をするというのは大規模な戦闘があったのだろうというのが予想が付く。
 眼前の黒と白のコントラストが見事で鋭角な翼を携えたそれは装甲服を何かに抉られ、翼を折られ、さらには胸から背にかけて熱量を持った何かで貫かれてしまっている。辛うじて人型を保っている状況。
 重騎に記乗するというのは、それと一体化するということ。つまり重騎の損傷は乗り手である重騎師(グランデ・カヴァリエーレ)にフィードバックされる。この損傷は致命傷となりえる。
「損傷を受ける前に記乗を解けていたらいいんだけど……」
 過去の重騎師を心配してみたりしながら、符を持つ手に力を込めて記憶を封じていく。
 周りを見ると私と同じように符をもった記憶師が何人か、そして重騎と私達を取巻く市民の列。ここまで大きな記憶が再現されるのは珍しいらしく一目見ようと押しかける人が絶えなくて、市役所の人達が整列を呼びかけている声が聞こえてくる。
 私達を取巻く人だかりのほとんどは好奇の眼差しをこちらに向けているが、一部では懐かしみとも悲しみとも取れる表情で重騎を見詰める人がいるのにも気付く。その多くは年配の方、古くからこの威尼斯に暮らす人達だ。
「この子は……そんなに昔のものと言うわけじゃないのかしら。だとするといつ……」
 威尼斯は古い町並みが多いために、車などの乗り入れが禁止されている。もちろん重騎なんてのは論外。重騎なんかが街中を走り回ったら崩壊しかねない。
「それでも、この子が駆り出されるのは……それほどの危機に瀕していたということ?」
 問いかけに答えてくれる人はいない。
 いつもだったらこういうお祭り事に顔をだすテオ爺はおらず、周りを警備している市役所の人達は若い面々が多い。昔のことを知る人は少ないだろう。
 疑問が解消されないのは気持ち悪いけれども、今は出来ることをして、後で帰ったら聞いてみることにする。
 記憶を封じ終えた符をしまうと、取り囲む人の列を超えてサンマルコ広場全体を見回す。
 大規模なアックア・アルタを明日に控えた今、営業している屋台や店はほとんどなく、代わりに市役所の作業班が水に満たされても活動できるようにと、櫓を組んだりゴンドラを陸に上げたりしていた。
 アックア・アルタによる障害は不安の記憶の再現だけではない。足場を浸す冷たい冬の海、それすら脅威となる。
「手際いいなぁ……。こういう有事の時だけっていうのもどうかと思うけど」
 普段の怠けた様子からは想像できない手際のよさで、積まれていた資材を片付けていく様子を見ながらちょっと感心する。いつもああならば素敵なのだけれど。
 そう思いながら彼らの働き振りを見ていると、急に周りの人々がざわめきだす。
 何事かと辺りを見回せば石畳の上を走る影、そして空を見上げる人々。
「空……?」
 釣られて顔を上げればそこにあるのは爛々と輝く太陽、白い雲、そして竜。
 そこにいたのは竜属では小柄な小竜(レッサードラゴン)、その記憶だと思う。
 竜は時折口を大きく開けて咆哮するが放たれる音は無い。過去の記憶からは音は伝わってこないから。
「最近多いなぁ……やっぱり皆不安に思ってるのかな」
 顔を下ろし、見回しても見えてくるのは現れた竜を好奇の眼差しで見詰める人達。表面的には皆普通に見えるけれども、今回のアックア・アルタに対する不安は拭いきれていないんだ。
「不安だから……威尼斯が不安だったときの記憶。妖物や暴漢が暴れてたときの記憶が再現されるんだもんね」
 しかし皆が好奇の眼差しで見詰めていられるのにもやはり理由がある。普段とは打って変わり、異様なまでに手際よく仕事をする市役所の面々が妖物の類の記憶を退治しているから。それ故に最初のうちこそ不安がっていた市民の皆も彼らの働き振りを見て安心感を得ているのかもしれない。
「でもどうするのかな……今回は空飛んじゃってるし。降りてくるまで待つのか、それともさりげなーく五行師部隊とかいるのか――」
 私の問いに答えたのは聞きなれた街の人達の声ではなく、初めて聞く声。
 大気を切り裂く咆哮、純粋な単音の詞。
『あああああああああああああっ!!』
 詞が大気を震わすのとほぼ同時に空飛ぶ竜を光が断ち切る。
 突然の出来事に誰も反応できずにぽかんと呆気に取られた表情を浮かべている。それは断ち切られた竜も例外じゃない。現実の威尼斯を見ていない過去の竜は何故自分の身体が二分されているのか納得できない様子で身を捩じらせたのち四散した。流体(エーテル)によって再現された記憶は致命傷を与えられて消滅する。
 放たれた詞の残響を聞きながら放たれてきた方を振り返る。
 そこには抜き身の神形具(デバイス)の剣を振り下ろした小柄な青年と布に包まれた長物を抱える長身の女性、そして各々布で来るんだ獲物を持つ集団が立っていた。

(2)「燕(ロンディネ)」
 先程の一団は明日に迫ったアックア・アルタに伴う災害に対処するために派遣された五行師(バスター)と風水師(チューナー)の一団だったらしく、慌てて駆けつけた市役所の面々と何やら話し合いをしている。
 竜を断ち割った青年と傍らにいた女性は、その一団からは離れて今は重騎の記憶を興味深そうに眺めながら周りを歩いている。重騎、竜に続いて現れた五行師に皆の視線が集まってるのを解していないのか陽気な表情で。
 かく言う私も彼と彼女の動向を目で追っているわけだけれども。
 彼らは重騎の周りを一周して戻ってくると何故か私の前で立ち止まり、
「ややっ、こんな所に天使さんの記憶がっ――」
 諸手を広げて何かを口走ろうとした青年の頭を傍らに立つ女性が手にした獲物で殴りつけた。どこか既視感を覚えて今ここにはいない二人のことを思い出す。
「なぁーにーがー天使さんの記憶がっ、よ。白々しい……どうみても現実の人でしょ」
 頭を抑えてうずくまった青年を見下ろしながら女性は嘆息。彼女はやれやれと呟きながら獲物を抱えなおすとこちらを向き直す。その顔に浮かぶのは青年の状況を無視したような笑みだ。
「初めまして……市役所の方、かな? 欧州連合から派遣された風水師隊のリーダーをやらしていただいてるルイーゼ=ブライトクロイツです」
 彼女はよろしく、と前置きをして手を差し伸べてきたので握手を交わしながら私も名乗りを上げ、
「初めまして……一応市役所所属の記憶師ということになっているエレナ=カンナバーロです。えーっと……そちらの方は大丈夫?」
 今更ながらに青年に声をかけようとするとルイーゼが握る手に力を込めながら手にもっと獲物を軽く振り、
「ああ、この馬鹿は気にしなくて大丈夫。むしろ静かでいいし」
「……っぅ、大丈夫なわけないだろっ! このデカ女っ!」
 立ち上がって抗議の声をあげた青年は再度振り下ろされた獲物の前に地に沈む。周りの野次馬から歓声が上がるとルイーゼが軽く手を上げて返すのを見ながら、皆誰かが倒れるのに慣れてしまってるなと苦笑。話が進まないので地面でのたうつ彼に手を差し伸べて起こしてあげる。
「ああっ、やっぱり天使さんはデカ女とは違ってやさしっ――」
「いや私は匪堕天だからどっちかって言うと優しくないイメージだし……、ってルイーゼさん。あんまりぽんぽん叩くと取り返しつかなくなるよー」
 物理的に黙らせようとするルイーゼさんにテオ爺の姿を重ねながら、青年を立たせてあげると自分よりも小柄であることに気づく。カルロさんのように大柄であっても、彼のように小柄であってもぽんぽん殴られる人は殴られるんだね。
「あいたたた……たくぽんぽん殴りやがって。あー……欧州連合から派遣された五行師隊のリーダーやってるクラウス=バーナーってんだ。よろしく、匪堕天の姉ちゃん」
 ようやくまともに言葉を交わした彼はこちらの手を握ると歯を見せる笑みを浮かべる。多分年はあまり変わらないのだろうけど、容姿と仕草から幼げな印象を受ける。ただ鼻にある傷を筆頭に所々ある傷跡は傍らに立つ彼女との関係の長さなのだろうかと思いながら二人を見やる。
「って……二人ともリーダーなの? じゃあ話し合いに参加したほうがいいんじゃ……」
 言葉と共に野次馬の外、話し合いをしている集団の方に目をやるがそちらはそちらでリーダーがいないにもかかわらず話し合いが進んでいるように思われる。というか市役所側も長であるテオ爺いないし。
「俺が率いる五行師隊は優秀だからな、わざわざ俺が参加しなくても適当に話をまとめてくれる」
「貴方が頼りないから下の子たちが苦労してるんでしょ……」
 自信満々に答えるクラウスと、対照的に嘆息しながら頭を抑えるルイーゼの姿はやはり二人が共に過ごした時間の長さを感じさせるものがある。テオ爺とジュリアみたいな。
「しっかしあれだな、本当にこの都市は面白い……こんなものがぽーんっと現れるなんて」
 クラウスの言葉を聞くと共に彼の視線の先を追う。彼が見上げているのは現出した重騎の記憶。
「あんまりこういう大きなのは出ないんだけど……最近ちょっと不安定だからかなー」
 子供の頃、そして最近また始まった威尼斯での生活を通じてもこんな大きな記憶の再現は初めて。もちろん先程空を飛んでいた竜ですら異例の大きさ。これが予想されている大規模アックア・アルタに対し積もる不安に寄るものだとしたら本番のときはどれほどのものがでるんだろう。
 不安に思う気持ちが顔に出ていたのか視線を二人に戻すと心配そうな表情をこちらに向けている。初対面な人に心配されるのは不味いなーと苦笑いしておく。
「まっ……安心してくれ、俺が着たからにはもう事件がおきてもさっきのやつみたいにぱぱーっと」
「正直あんたは余計なものまで壊すから安心できないんだけど……いい? ここは歴史的価値ある都市よ?」
「ちっちっちっ、犠牲を恐れてちゃ本領発揮できないぜ。それにそのときの為に風水師隊もいるんだろ?」
 壊すの前提なのね、と溜息をつくルイーゼと何故か誇らしげに胸を張るクラウスの二人を見て笑い、もう一度朽ち果てた重騎の記憶を見上げる。雌型重騎、つまり女重騎師がこれを駆って何かと戦い、そして命を落としたのだ。彼女は果たして勝って死んだのか、負けて死んだのか。
「知りたいけど……さすがに何時頃の話かわからないと記録調べるの大変だしなー……」
「ん? いや、こいつが動いてた時期は簡単に分かると思うぞ」
 へ?と自分ながらも間抜けな声を上げながら視線を落とす。分かるのか、という疑問を視線に乗せてしたり顔のクラウスを見る。
「あぁ……こいつ重騎オタクだから。会議すっぽかしたのもこれが理由だし」
「うるせ、せめてマニアといえ。――っと、何で調べるかは知らないが、こいつは確か第二次世界大戦末期に作られたイタリア製重騎。作ったはいいけど、扱えるやつが限られたバランスの悪い騎体だったらしくて試作機作って終わり。まあ翼持ってるくせに飛ぶためじゃなくて姿勢制御だけ。推進力だけ馬鹿みたいに強い強襲用重騎なんて女重騎師には使いにくいもんな」
 彼は咳払いを一つ、
「名前は『燕(ロンディネ)』、――凌駕紋章(スペラメント・エンブレーマ)は『進撃(アヴェンツァータ)』」



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2006/03/05
決意
――不安ならばどうすればいいのか。


記録「サンマルコ広場にて」

 透き通るような青空が広がっていた。
 サンマルコ広場の至る所に並ぶ白いテーブルと椅子の列。
 同じく至る所に店を構えるカフェの屋外席だ。
 普段は人でひしめくその列は、今日は数えるほどしか埋まっていない。
 それも市役所の制服を纏った青年達や、住民の老人達ばかりだ。
 いつもはサンマルコ広場を埋め尽くす、観光客や過去の記憶たちは見受けられない。

 静かだ。

 しかし、これが本来の威尼斯の姿なのだろう。


記憶「閑散」

 第1警報が鳴らされて一日経ったが、威尼斯の街並みからは急に人気が失せてしまった。
 確かにアックア・アルタが起きると知らされると、観光客は伊太利亜本土の方へ避難していくのが常だが、都市が海で満たされる様を一目見ようと残る野次馬根性が逞しい人も少なくは無い。
 しかし、今回のアックア・アルタは大規模なものが予想されているらしく、そのような敢えて残ろうとする人達も強制的に避難させられているんだそうな。市役所の方には抗議の電話が殺到しているらしい、観光客と店を構える人達から。
 そして彼らがいなくなったことで、過去の記憶達もなりを潜めてしまっている。人が少ないと再現される記憶も少なくなってしまうのだろう。
 その所為で今日の威尼斯はとても静かだ。住民の方々もアックア・アルタに備えて食料品等の買い溜めをしに行ってるのだろう。いつもなら談笑で賑わう広場(カンポ)にも誰もいない。
「寂しいものねー……歩いてて誰にも会わないっていうのは」
 街並みが古めかしいのもあって、まるで廃墟に迷い込んでしまった錯覚を覚える。
 ふと広場を見ると先ほどまではいなかった人影、ベンチに座る老人だ。彼は寂しそうに空を見ながら一人佇んでいる。再現された記憶だろうか。私が寂しいと思ったから、寂しさの記憶を。どうせなら寂しさを紛らわしてくれる記憶を再現してくれれば良いのに。
「まあ、そんな都合よくいくわけない……っか」
 気を取り直して歩き出す。市場の方に行ってみるとしよう、向こうなら誰かしらいるだろうし。


記憶「回顧」
 
 市場の方は幾分か賑わいを見せていた。
 アックア・アルタが来てしまうと買出しに行くことが出来ないから当然と言えば当然。
 その賑わいを見て少し安心する。
 手提げ袋に買った物を詰めて歩く人々はどことなく楽しそうに見える。慣れた人にとってはアックア・アルタの前のこの慌しさが楽しいのかもしれない。
 周りに反し身軽な格好で歩いていると、買い物に勤しむ人達の他に妙な一団が目に入る。
 市役所の職員達だ。
 彼等はやけに寄り添いあいながらじりじりと歩いている。何かを見ながら、その後をついていっているようだ。
 市役所の人達はいつも不自然だが、あんなに集まって不自然だと何事かと思ってしまう。
 好奇心に釣られ足を一団の方に向けていく。
周囲の人達も、この妖しげな集団が気になるのか視線を向けている。確かに彼等が連れ立ってこそこそと歩いていれば不審に思えるだろう。しかも近づいてみて気付いたが、押し殺した歓声などを上げている。妖しいことこの上ない。
 彼等の進みが遅いおかげで簡単に最後尾に追いついたが、彼等が何を見ているかはわからない。そこで一番後ろにいる人の肩を叩き、
「おーい、何見てるんですか?」
 問いかけに対し帰ってきたのは突き出された掌と、
「あ、いまちょっと忙しいから、後にして」
 そっけない言葉。
普段は必要以上におせっかいを焼いてくる印象からすると拍子抜けな対応。そんなにこの集団が追っているものが魅力的なものなのかと思うと、好奇心が湧いてくる。
 なので、これ以上問う事はせずに集団を迂回して前へ。
 私が横を通ると、小さく声を上げる人もいるが、止めては来ないので今は無視して先頭に並ぶ。
 先頭を見ると、そこにいたのはいつも通り笑みと共に手を挙げたテオ爺とこちらを見てぎょっとした顔のカルロさん。この二人は喧嘩ばっかりしているのに、こういう時は揃って一番前にいる。喧嘩しているのは同族嫌悪と言うやつだろうか。
「テオ爺……また御仕事サボって遊んでますか」
「違うて違うてよ、後ろの奴らは知らねえが俺は重大な職務遂行中だて」
 テオ爺の言葉に後ろの集団を見ると各々弁明の声を上げている。皆遊んでいると断定。
「重大な……て、アックア・アルタが近くて御仕事一杯あるはずでしょ? それをこんなところで何をほっつき歩いてのよ」
 溜息交じりに前を向くと、そこには俯き加減に歩く少女の姿。歳は7~8歳程だろうか、匪堕天であることを示す黒い翼を背に持ち、栗色の髪を背に垂らした――
「って……あれ私じゃないのっ!?」
「おう、そうだなあ。あれはまだエレナが子供の頃の――」
 テオ爺の言葉を遮るように肩を掴んで揺らし、
「なーにーをー人の子供の頃の記憶をつけまわしているのよ! しかもこんな集団で! これは……えーっとっストーカー? 犯罪じゃないの!」」
 捲くし立てながら集団の方を向くと、ほとんどが首を横に振り抗議の声を上げ、何人かが逃げ出している。すぐ隣にいるカルロさんは私を落ち着かすような素振りをしていて、
「まぁまぁ落ち着いてエレナさん。えっと……昔は可愛かったんですね」
「ほう……今は可愛くないと、だから可愛かった頃の記憶を皆でつけまわしていたって言いたいんですね、貴方達は」
 慌てて手を振るカルロさんを無視し、テオ爺から手を離すと皆の視線を遮るように過去の私との間に立つ。子供のような不平の訴え方をする幾人かを睨みつけて静かにさせ、
「ほらっ、散った散った! 貴方達は忙しいはずでしょ? こんな真昼間からサボってないのっ」
 名残惜しそうに去っていく市役所の職員達を見て嘆息、こんな人達が威尼斯の守ってると思うと頭が痛くなってしまう。
 顔を上げると、カルロさんが一人残っていた。彼は真面目な面持ちで、
「い……今も可愛いと思う」
「……そんなことは聞いてないから早く仕事に戻りなさーいっ」
 彼の背中を押して追い払い、誰もいなくなると笑い声に気付く。周りを見ると市場の人が笑っていた。地元の人に見られていたのは痛い、語り草にされてしまうのだろうかと思いながら頭を掻くと、短く切りそろえた髪に手が触れ、
「……昔は伸ばしてたのよね、私」
 過去の私の後姿を見て呟く。


記憶「民」

 過去の私と手を繋いで威尼斯を歩く。
 テオ爺達を追い払った後、ついて歩いていたら不自然に肘から先を挙げたのでそこに手を合わせてみたら握り返してきたからだ。誰かと手を繋いで歩いた時の記憶なのだろう。
 自分と手を繋いで歩くというのは新鮮な体験、というか普通は体験し得ないものではなかろうか。
 親子と見られていないかが少し心配、この若さでこの年齢の子供を持っていると思われるのは少し悲しい。
 過去の私は瞼を腫らしていた。表情も心なしか不機嫌そうで、顔は俯いている。
「当時の私はこんなに不貞腐れた子供だったのね……なんだかショック」
 軽く頭痛のする頭を抑えながら、彼女に手を引かれるままについて行く。
 彼女が歩く道はアパートへと向かう道だ。泣きながら市場の方まで飛び出て、迎えに来てくれた誰かと手を繋ぎながら帰宅という流れだろうか。そう考えていると、該当する記憶がいくつか浮んでくる。
「片付けの手伝いをしようとしてお皿割った時とか、アパートの壁紙に落書きして見つかった時とか――」
 叱られて泣いた記憶が次々と浮んでいくので、指を折って数えていく。 
 数えた記憶が10を過ぎた時、アパートへの道を少しそれた所にある広場に辿り着く。
 その中央にベンチが置かれただけの寂しい広場を見て、また指を折って、
「……仕事の関係で威尼斯から引っ越す……って御父さんに言われた時……か」
 きっかけを得て、当時の記憶が鮮明に呼び起こされる。
「確かにあの時は大げさに泣いたもんね……」
 気付くと立ち止まっていて、過去の私が急かすように引っ張ってきていた。言葉が通じるわけではないが、軽くごめん、と謝ると、また歩き出す。広場の中央、古ぼけたベンチへ。
 あまり使われていないのか、少し汚れているベンチを今と過去の手が軽く払う。二人分のスペースを綺麗にすれば後は座るだけ。匪堕天は背の翼の関係でもたれかかることは出来ないので浅く腰掛ける。
 腰掛けた私に対し、過去の私は立ったまま何かを呟く。もちろん過去の声は聞こえないのだが、私があの日言った詞なのだから大体見当はつく。軽く膝を叩いてみると、彼女は沈んでいた顔を少し明るくし、私の膝を枕にベンチに横になった。
 微かな重みが心地良い、する側というのも新鮮でいいかもしれない。長時間やっていては足が痺れそうだけど。
 過去の私の頭を撫でてやりながら、過去を思い出す。
 あの日、こうしてくれたのは当時からアパートの管理人だったジュリアだ。彼女に宥められ、私は泣きやみ、心配顔で迎えてくれた御父さんに謝った。
 彼女との会話は、細部まではもう覚えていないが、子供ながらとても印象深かったのは覚えている。
「威尼斯は貴方を忘れない……か、確かにこうやって実際に覚えているところを見せ付けられると説得力あるわね」
 過去の私は膝を枕にしながら私を見上げている。私の詞を聞いているようにも見えなくもない。
 だから聞かせるように呟く。
「安心しなさい……私は戻ってこれたんだから、この威尼斯に」
 長かった髪を梳いてあげると、過去の私はくすぐったそうに翼を震わせる。
 その様子がおかしくて少し笑ってしまう。
 間を置いて顔を上げると広場の入り口に立つ人影、会釈して近づいてくるのはジュリアだ。
 彼女は食料品を詰めた手提げ袋を抱えながら私の前に立つと、少し残念そうに眉をひそめて、
「あらあら、今年の御姉さん役はエレナにとられてしまいましたね」
「今年の……って、え? もしかして何度かこれって繰り返されてるの?」
「はい、毎年この時期の大規模なアックア・アルタが予報されて観光客の方々が本土に避難された日の夕方に。恐らく、いなくなってしまう寂しさを思い出しているのでしょう」
「それで……毎年ジュリアが過去の私をこうしてくれてるの?」
 膝枕している自分を指差すと、ジュリアは小さく頷き、
「はい、そうです。毎年このようにして、別れる直前のエレナの姿を見ていましたので、エレナと再開したときは本当に驚きでしたよ? こんな小さな女の子がこんなに立派に成長していて。ふふ、二人一緒に膝枕して差し上げましょうか?」
 今の私が膝枕をしてもらう状況を想像してみて、在りえなさ過ぎて頭を抱える。今では私の方がジュリアよりも背が高いわけだし。
 頭を抱える私の様子がおかしいのか、ジュリアが小さく声を立てて笑い、
「――どうなさいますか?」
「どうなさいますか……って、えと、いや、さすがに膝枕はちょっと」
 ジュリアは苦笑して首を横に振り、
「いえ、アックア・アルタのことです。判っていらっしゃいますね? アックア・アルタが引き起こす二次災害を」
 真面目な話みたいなので、背を伸ばすと思い返す、威尼斯が抱えている問題を。
「……ええ、都市に満ちた不安と、海に侵される威尼斯の不安に呼応して、過去の破壊が再現される……だったわよね。一応帰ってきてから二度経験してるし……確かこの間のは――」
「23年前に起きた連続婦女暴行事件の再来、捕らえたのは更生して市役所の実働部隊に入った本人だったそうで」
「過去の汚点を殴るのは気持ちいいものだっ! て新聞を飾っていたわね……」
 話を区切るように小さく咳払いが聞こえ、
「通常ならばその程度です、が。この度のアックア・アルタは大規模なものが予想されています。世界各国が不安に思うほどに。それはお分かりですね?」
 世界各国が不安に思っているかは知らないが、大規模であることは知っているので頷き、
「不安は募り、ここ威尼斯に集まりつつあります。大規模なアックア・アルタは大規模な過去の破壊を呼び、今の威尼斯を滅ぼそうとするのです。ですので、テオドゥーロ様はエレナに安全な場所にいて欲しいと思っていらっしゃいます」
 一呼吸置き、
「――どうなさいますか?」
 ジュリアは問う、私にどうするかを。
 危険な威尼斯に残るか、それとも観光客のように、
「つまり……私に避難しろ、っていうこと?」
「いえ、テオドゥーロ様はエレナの意思を尊重したいと仰っていましたし、私もそうであると思っています。避難するのも一つの選択肢です。ただ、アックア・アルタまでもうあまり日がありません。ですので、私達がエレナに求めているのは選択です」
 ジュリアはそこで口を閉ざす。私の答えを待つように。
「……テオ爺やジュリアはどうするの?」
「テオドゥーロ様はこの都市を護るお方、そして私はアパートの管理を任されています。離れる理由は皆無です」
 潮の匂いを纏った風が吹く。威尼斯に海を運んでくる風だ。
 望まなくてもアックア・アルタはやってくる。覚悟を決めるなら今だ、というわけだ。
「……私は残るわ」
「それは、何故でしょうか?」
「逃げ出す理由が見つからないもの。威尼斯は過去に大規模な破壊を受けたかもしれない。でも威尼斯は今、ここに生きているわ。過去の人々はその破滅の運命を退けているの。過去を受け継ぎ今を生きる私達が、過去の不安すら退けられないのでは、未来の不安に対抗できないわ。私の力は微々たるものだけど……でも私は逃げたくないの、不安から」
「――それでこそ不安に抗い続ける威尼斯の民です」
 ジュリアが私の詞に満足そうに微笑む。避難すると言っていたらどうなっていたんだろう。
「それに、テオドゥーロ様が護られている威尼斯が安全でないわけがありませんから」
 つい先程のテオ爺の姿を思い出すと、とてもじゃないが頼りないようにしか思えないのだが。
 彼が護る威尼斯がいかに安全であるか語るジュリアに苦笑しながら、私は過去の私の頭を撫でる。


――心なしか、過去の私は満足そうに微笑んでるように見えた。



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2006/02/23
不-変-動
 ――告げるもの。時の訪れを、危機の訪れを。


記録「サンマルコ広場北部、時計塔前にて」

 時計塔の前に人だかりが出来ていた。
 外周はカメラを持った観光客と思しき人々で、内周は作業服を纏った職人と思しき人々で形作られている。
 そして中央には二人の人影、一人は市役所の制服を着た大柄な男性、もう一人は黒い翼を背に持つ匪堕天の女性だ。
 人だかりの誰もが上を見上げている、時計塔に開けられた穴、そしてその奥に座る人影を。
 青年が傍らの女性に何かを呟くと、女性は頷きを持って応え、そして翼を広げる。
 飛翔。
 時計塔の針が11時54分を指していた。


(1)記憶「自動人形」
 
 翼を羽ばたかせ、一気に空へと舞い上がる。目的地は時計塔の側面に開けられた穴だ。それくらいの高さなら苦も無く到達できる。私が穴の淵に手をかけて中へと入ると、下から歓声が聞こえた。そんなに匪堕天が飛ぶのが珍しいのだろうか。
 翼を畳み、顔を上げるとそこには一体の牝型自動人形が穴の中に設置された椅子に座っている。彼女は新品の服を纏い、膝に毛布を掛けて静かに佇んでいる。瞳を伏せた彼女は、遠くから見れば椅子に座り眠っている女性のように見えるかも知れないが、近くで見ると自動人形であると気付かされる。彼女の肌はジュリアのそれとは異なり、一目瞭然で陶器で出来ているとわかる。それも所々朽ちかけているのが少し痛ましい。
 時計塔に収められている自動人形は「マラクーヤ」と名付けられ、マリィという愛称で親しまれている。彼女が生まれたのは今をさかのぼること500年以上前、威尼斯がまだ共和国だった時代の話だ。当時の最新鋭の技術を用いて作られた彼女は、威尼斯の住民に時の訪れを告げる仕事を与えられて時計塔に納められた。そして気も遠くなるような年月の間、彼女はここで時を告げ続けている。架空都市英国や創雅都市S.Fにいるという時を詠む自動人形と比べると性能としては劣るのだろうが、年季でみると彼女はトップクラスだろう。
 溜息を一つ、私はゆっくりと振り返る。見えてくるのは冬の陽光に照らされたサンマルコ広場だ。目線を下に向けると時計塔を取巻く連中と目が合う。何故か手を振ってきたので私も振り返して見る。もしかして今、私は見世物になっているのだろうかと、ちょっぴり不安に。
 このサンマルコ広場を見守り続けたマリィ、そして時計塔は500年もの年月を経て老朽化して行き、ついには機能に支障をきたすようになったのが数年前のこと。もちろん定期的に修理を行い、騙し騙し延命させてきたらしいが、時計塔の内部機構が寿命を全うしてしまったらしい。
 時計塔内部の機構を新しいものに入れ替えたりの作業を、今下にいる職人達が行なおうとした際に、500年もの間働いてくれたマリィももう休ませてあげたい、と思ったらしい。本当に良い人たちだ。
 それで彼らが彼女を運び出すために時計塔から切り離そうとしたところ、時を告げるという仕事以外で動こうとはしなかった彼女が初めて拒否の意思を示したんだそうな。耐用期限が切れた人工声帯の掠れた声で懸命に職人さん達に自分はここに居たい、と訴えたらしい。人に進化することの出来ない旧型の、道具として作られた彼女が、だ。
 これには職人さん達は困ったらしい。既に耐用期限も切れ、朽ちるのを待つばかりの彼女をどうするか。彼女を休ませてあげるか、彼女の意思を尊重してあげるか。
 そして彼等は決断した。彼女の意思を尊重して、朽ち果てる時が来るまでここにいさせることを。
 そう決めてからも苦難の連続だったらしい。なにせ500年も前に作られた彼女は、今の自動人形とは規格が違うために延命措置を施すのにも試行錯誤。作業中でも彼女は時間になったら時を告げようとする等……。
 そして紆余曲折を経て、改修作業を始めてから数年がたった今日、ようやく作業を終えて本稼動に移る。その感動的場面に特等席で立ち合わせてもらえることになったのだが、何やら私は市役所就きの記憶師という立場になっているらしい。確かにそうでもないとこんな特等席に上がるのは許されなかっただろうね。
 音を立てないように縮こまっていると、微細な音の変化に気付いた。
 今まで静寂を保っていたマリィが唇を窄ませ、吸気音を立てている。
 慌てて腕時計を見ると針は11時59分を指していた、時を告げる歌を唄うために彼女は準備を開始したのだ。
 気付くと下ではカウントダウンを始めている。観光客の列は好奇の眼差しを、職人の列は真摯な眼差しをそれぞれ彼女へ向けながら。私も固唾を呑みながら待つ、彼女が声を発するのを。
 時計塔の大きな針が、腕時計の小さな針が、カウントダウンの声が。
 0を指す。
 吸気音が止み、彼女は口を開き、歌が始まった。


(2)記憶「激励」

 市役所の講堂、壇上に立つと一同の視線が集まってくる。野郎共に見つめられても嬉しくないんだがよ。
 今、講堂の席はほとんど埋まっている。席に座るのは市役所の職員、実働部隊の面々だ。つまりここに威尼斯の抱える戦力が集中しているわけだな。物々しいったらありゃしねえ。
 今頃エレナと若造は時計塔でマリィの御披露目を見ている頃か。後で話を聞くとしよう、若造に焼きを入れながら。本当は俺が行きたかったんだが、この状況じゃしかたあるめえ。まあとっとと終らすことにしよう。
「ああ~……皆に集まってもらったのは他でもない。気付いてる奴もいるたあ思うが、そろそろあれが来るわけだな」
 講堂内に集まった面々が頷く。何人かは何のことかわからず頷いていやがるな、壇上から見てるとよくわかる。
「で、だ。それだけだったらいつも通り対処してもらえばいいんだがよ? 各国の速読暦(ファストリーダー)の連中が余計なことしてくれやがったらしくてな。何でも近い未来に威尼斯を破滅の危機に瀕するてえ内容の予言を連中そろって読んじまったから各国は大慌て。我先にと伊太利亜政府とうちに情報を通達してきたってわけよ。まったくっ心配性な奴らだな」
 取りあえず笑い飛ばしてみるが、誰も続くものはなし。俺が馬鹿みてえじゃねえか。
「まっ、この時期でもあり、その破滅の危機ってえのはあれのことに間違いねえって俺は考えている。威尼斯の野郎が周りの不安に呼応して、不安だった……過去の破滅の記憶を再現しやがる訳だ。基本的にはこの都市を肯定するが、この時ばかりはしちめんどくさくてかなわねえな。そろそろ祭だってえのによ」
 拳を作り、振り下ろす。音が講堂に響き、机の上の書類が揺れ、拳に痛みが走る。
「今回のは大きいぞ! 各国の馬鹿共が煽り、勝手に心配している所為で、威尼斯に漂う不安は留まることなく募り続けていやがる。何が出やがるかわかったもんじゃねえ、おめえら気合入れて準備しな!」
 啖呵を切った途端、講堂内の大気が揺れた。
 揺らすのは野郎共の叫び声、決意の意思が宿る咆哮だ。うるさいったらありゃしねえな。
 それを見て一先ず一安心だ。これなら有事の際、実働部隊の連中は不安を恐れずに動けるだろう。
 後は例年通り派遣されてくる奴らを激励して終わりか。
 しかし威尼斯は本当に難儀な都市だな。海に沈む未来が不安だからって、過去の不安を再現して現実に破滅をもたらすなんてよ。滅びの運命が怖いからって自害しようとすることはねえだろうに。
 

(3)記憶「告示」
 
 マリィの口から放たれるのは時を告げる歌。
 やや声が掠れているのにもかかわらず、綺麗な歌声だ。
 歌は60秒続く。時計の長針が動くまで。
「んむぅ……さすがにこんだけ近いとちょっとうるさいわね……」
 耳を軽く押さえながら、贅沢な不平を漏らす。彼女の歌声は充分な吸気を事前に行なったおかげか、最初から最大ボリュームだ。同じく時を告げる大鐘楼の鐘の音に負けないように、彼女は精一杯声を張り上げる。よくこんなに無理して唄って体を壊さないものね。
 さて職人達が譲ってくれた特等席だ、しっかりと見て、しっかりと記憶に残さないと。そう何度もあがらせて貰えないだろうし。
 歌を唄う彼女は、目を伏せて無表情。まるで御人形のようだが、彼女には意思があるという。時を告げる歌を唄い続けたいという意思が。作られた時に添付された仮初の意思だろうと言ってしまえばそれで終わりだが、私はそう思いたくは無い。身勝手な思いかもしれないけど。
 命令ゆえ、と決め付けてしまうのは悲しすぎる。
 60秒間の至福に身をゆだねるために、記憶を符に封じ終えると私は瞳を伏せ、聴覚に集中する。
 だけど、至福は60秒を待たずして中断された。
 不意にマリィの歌声とは異なる、機械的な警報が鳴らされる。
 今の今まで彼女の歌声に聞き入ってた人だかりにどよめきが生まれる。皆互いに顔を見合わせ、不安そうな表情を浮かべて。穏やかだった空気が徐々に張り詰めていく。
「これって……」
 疑問はすぐに解消される。15年前に何度も、ここ数ヶ月でも2度ほど聞いた音だ。
「第1警報……」
 呟きながら、遠く海を眺める。
 ここから見ると穏やかな海だ。とてもとてもあれが脅威になるとは思えない。
 しかし、第1警報が鳴らされたということは数日中にあの海が押し寄せてくる。威尼斯を満たすために。
 アックア・アルタだ。

 ――気がつくと歌を終えていたマリィが、また眠ったように佇んでいる。



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